木羽康真「中村貞夫展 展覧会ポスター・チラシ・叢書カバーのデザイン」

連載コラム「中村貞夫とその芸術」第11回

 

 

 

中村貞夫展 展覧会ポスター・チラシ・叢書カバーのデザイン 

 

木羽康真

 

 

 展覧会が開催されるときには、必ずと言ってよいほど展覧会を告知するポスターやチラシが配布・掲示されます。SNSの発達した現代において、掲示物というのはいささか古い気もしますが、展覧会ポスターの宣伝効果はいまだかなり大きいと言えるでしょう。私自身、街や電車の車内、美術館内などで偶然見かけたポスターに惹かれたことがきっかけとなり、展覧会を訪れたことが何度もあります。

 

 2017年秋、私は当博物館にて開催される中村貞夫の展覧会のポスター・チラシ・叢書カバーのデザインという栄えある仕事を竹中哲也研究員から依頼され、約半年後の2018年春の展覧会開催に向けて制作を開始しました。芸術大学でデザインを学んだのち、大阪大学でアートの研究をしていた私の少し変わった経歴を思い出してくれたのだと思います。竹中哲也研究員からの要望として従来の中村貞夫の展覧会とは違ったイメージをポスターやチラシで打ち出したいと依頼があり、デザインの仕事は過去の画集や展覧会を調べることから始まりました。

 

 中村貞夫の作品を見ると画風の変遷に気が付きました。平面的で幾何学的でもある表現から始まり、キュビズム、アンフォルメル、そして広大な風景画へと変遷します。それに合わせて、色やタッチも移り変わっていきます。過去より、多くの画家は当時に流行していた芸術運動や哲学的思想、文学などの影響を受け、画風が移り変わっていくことを画集や展覧会などで見ることができます。これら運動や思想、文学などを感じ取るには教養の高さも必要であり、画家はそれらの思いを絵にするのが腕の見せ所でもあります。

 

図1「SADAO-NAKAMURA_ロゴタイプ」

 中村貞夫の描く絵画は画面いっぱいに広がるダークな色彩の緊張感やボコボコとして抽象的な模様がグロテスクに感じる違和感、ドローンを飛ばし、上空から見たように輝く広大な風景の爽快感を感じさせる。これらはまるで海外旅行先でみつけたインスタスポットのようにどこかオシャレでワクワクしてしまう。これら多彩な作品を一同で、作品群としてみる楽しさをポスターやチラシで伝えたいと思いました。

 

図2 《穴を狙う》

 今回のポスター・チラシ・叢書カバーを作成するにあたり、私はまず「中村貞夫」の名前のロゴタイプを作りました。文字のデザインはごく普通のパソコンに入っているフォントだけでもかなりの数があります。字体というものは多くの人にとっては普段何気なく目にしているものですが、同じ単語でも見た人に全く異なるイメージを与える力を持っている重要なものなのです。海外の風景を描いた作品が多いこともあり、グローバルに「中村貞夫」のローマ字「SADAO  NAKAMURA」にデザインを付け加えることにしました。デザインのモチーフに選んだのは展覧会の陳列予定作品であった「穴を狙う」(1956年)の群衆です。競馬場に詰めかけた人々が極限まで簡略化して描かれ、ピクトグラムで表される人物にも共通するデザイン性を感じると同時に、丸という形の持つかわいらしさに惹かれたからです。この作品をオマージュして制作した「SADAO  NAKAMURA」のロゴタイプを中心に今回のデザインを進めることにしました。 

 

 今回制作を依頼されたのは、ポスター・チラシ・叢書のデザインです。同じ展覧会のものなので、もちろんデザインにつながりを感じるものにしなければなりませんが、全く同じでは面白くありません。ファンにとってすべてを手にしたいと思える、それでいてすべてを並べても飽きのこないものにする必要があります。

 

図3「ポスター」

 ポスターは、四大文明シリーズの「白ナイル・マーチソン滝1<ウガンダ>」(1998年)とロゴタイプをデザインする際にオマージュした初期作品「穴を狙う」(1956年)を使用しています。この二つの作品は別々の会場で展示することになっていました。初期作品から富士シリーズまでは大阪大学総合学術博物館にて展示、四大文明シリーズは豊中市立文化芸術センターにて展示されます。そのため、偏りがないようそれぞれの会場の展示作品より一点ずつ選択しました。ポスターは基本的に壁や掲示板に掲示するものです。通りがかった人が立ち止まってくれるよう、文章は少なく、必要最低限の情報をわかりやすく載せることが重要です。どんな場所に掲示されるか、隣にはどんなポスターが並ぶのかはわかりません。どんな状況でも埋もれてしまわないような力強さが求められます。

チラシ裏面
図4「チラシ_表面」

 チラシのデザインは、表面には様々に変遷する作品を数多く配置し、枠外にも広がる作品群を伝えています。裏面には講演会やワークショップなどのイベントの情報を全て掲載しました。チラシは手に取って読むことが多く、ポスターより情報を多く詰めこむことができます。

 

 最後に叢書カバーのデザインです。他の号の叢書とデザインを合わせつつ、展覧会の目玉作品である四大文明シリーズの「白ナイル・マーチソン滝1<ウガンダ>」(1998年)を使用し、ロゴタイプデザインやレイアウトで魅せます。叢書は大阪大学総合学術博物館のシリーズとして刊行されており、特別展などの展覧会開催の際に発行されています。

図6「叢書カバー」

 Instagramを代表するSNSでアップしている人気の写真のほとんどは画像補正(フィルター加工)を行っています。今回、デザインをオシャレにしたいという考えもあったことから彩度とコントラストを少し強めに補正しています。補正してしまっては、作品が変わってしまうのではという意見がありますが、そこはすでに画像というデジタルになっている段階で作品とは異なったものだと割り切っています。ただし、展覧会会場で実際の作品を見たときに違和感などの悪い影響を与えてしまうほどの極端な補正は避けています。色の問題は非常に難しく、現在の撮影技術や印刷技術を以てしても、実物の絵画と全く同じ色調を印刷することはかなり難しく、さらに目の前にして分かる分厚いマチエールなども加わると、絵画の魅力すべてを印刷で伝えることは不可能です。だからこそ本物を見に行く価値があるのだとも言えるでしょう。

 

 その他にもフォントに使用している色や半透明に映る作品など、紹介しきれなかった様々な箇所で中村貞夫を表すデザインが隠れています。またお手すきの際にポスターやチラシをご覧ください。

 

 

木羽康真(きばやすまさ)…

文学研究科文化動態論専攻アート・メディア論研究室を修了。神戸松蔭女子学院大学人間科学部ファッション・ハウジングデザイン学科にて実習助手を担当。大阪大学総合学術博物館『洋画家 中村貞夫』展(2018年)のポスター・チラシ・叢書カバーのデザインを担当。現在は関西学院大学国際学部にてPCサポートを担当。

 

 

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