マチカネワニ
大阪大学の至宝-マチカネワニ・ホロタイプ-
1964年(昭和39年)5月に,大阪大学豊中キャンパスの理学部周辺に露出する新生代・更新世中期の地層(大阪層群カスリ火山灰層準、約45万年前)から骨化石が発見されました。これは、日本で発見されたワニ類の化石の第一号となり、頭骨の長さが 1メートルを優に越え、ワニ類の中でも大型(体長6.9 ~ 7.7 m、体重1.3 t)に属します。
上:マチカネワニ化石標本(修学館3F)
右:全身骨格模型(修学館1F エントランス壁面)
1965年に,小畠信夫らによる論文の中で、亀井節夫・松本英二は,このワニをクロコダイル科のマレーガビアル属の新種と考え,産地の名前をとって,トミストマ・マチカネンセ(Tomistoma machikanense)と命名しました.それ以降「マチカネワニ」と呼ばれるようになりました。マレーガビアル属は、現在も一種が東南アジアに生息しています。マレーガビアル属とマチカネワニの類似点として、鼻骨が外鼻孔まで届いていないことや上顎の歯式が同じ(前上顎歯5本、上顎歯16本)であることなどが指摘されています。しかし、前から7番目の上顎歯が非常に大きく、これは他のワニ類に見られないマチカネワニ固有の特徴であります。
その後、青木良輔によってマチカネワニが再研究され、1983年の論文ではマレーガビアル属ではなく新しい属のワニであることが示され、トヨタマヒメイア・マチカネンシス(Toyotamaphimeia machikanensis)と再命名されました。この属名は、古事記に出てくるワニの化身とされる豊玉姫から名付けられたものです。青木によれば、下顎の後方にある骨(関節骨後突起)が分類学的に重要であり、マチカネワニのこの骨は、マレーガビアル属よりもワニ属に近いことを指摘しました。マレーガビアル属もワニ属もクロコダイル科に属しますが、マチカネワニがどちらに属すかは謎のまま残されていました。
そこで、2000年から大阪大学、北海道大学、国立科学博物館の共同研究チーム(小林快次ら)は、マチカネワニの骨一つ一つを詳細に記載した後、そのデータを基にして系統解析というものを行いました。このことによって、対象としているワニどうしを網羅的に比較することが可能になり、統計ソフトを使うことによって主観性を少なくすることが可能になり、解析の再現が可能になります。網羅的に比較が可能になることから、マチカネワニが他のワニとどのように似ており、違っているかを議論できるのです。
2006年になってようやくマチカネワニ化石骨格の完全記載論文が、小林快次らにより出版されました。
解析の結果として、以下の4つが挙げられます。
- マチカネワニは、どのワニとも異なることが確認され、属(Toyotamaphimeia)が有効であること。
- マチカネワニが、クロコダイル科・トミストマ亜科に属すこと。
- マチカネワニが、進化型のトミストマ亜科であること。
- マチカネワニが、現在生きている唯一のトミストマ亜科であるマレーガビアルTomistoma schlegeliiに最も近縁であること。
先に記したように、統計解析によって、マチカネワニが他のワニとどのくらい違うのかを網羅的に見ることが可能になりました。その結果、青木によって結論づけられた「マチカネワニはどの属とも異なる:結果(1)」ということと、小畠らが提唱した「マチカネワニはマレーガビアルに近縁(非常に良く似ている):結果(4)」の両方の整合性をもつものとなったのです。
現在生息しているワニ類は、上で述べたクロコダイル科以外に、アリゲーター科とガビアル科があり、大きく3つのグループに分けられ、そのほとんどが熱帯や亜熱帯の地域にすんでいます。しかし、マチカネワニの化石が含まれていた地層から発見された花粉化石の分析によると、当時の気候はもっと涼しい温帯型の気候であったと考えられています。そうだとすれば、マチカネワニは温帯型のめずらしいワニになるわけです。
マチカネワニのように吻部の長い現生ワニは、東南アジアのマレーガビアル(Tomistoma schlegelii)やインドにすんでいるインドガビアル(Gavialis gangeticus)に代表され、細長く鋭い同じ形の歯が,ほぼ等間隔のすき間をあけて並んでいます。その歯の形や歯の並び方は、魚を捕らえるのに適しています。マチカネワニも吻部が長いため魚を食べていたと考えられますが、歯はマレーガビアルやインドガビアルと異なり太く頑丈にできていて、特に、後方の歯の中には7番目の上顎歯よりも大きいものもあります。前方の歯はすき間をあけて並んでいますが、後方の歯はすき間なく密に並んでいますので、食べ物を噛み砕く能力があった可能性が高く、魚以外の動物も食べていたことが考えられます。
マチカネワニと同じ種類の可能性があるワニ化石が、その他の地域からも発見されています。その一つに、大阪府岸和田市流木町から発見された約60万年前のキシワダワニと呼ばれている化石があります。最新研究によるとキシワダワニはマチカネワニと同様にトミストマ亜科に属している近縁種であると結論づけられ、トミストマ亜科のワニが少なくとも60万年前には日本の地に現れていたことになります。さらに、中国の歴史時代のデルタ堆積物から見つかったワニの骨格が、マチカネワニに類似しているという説もあり、近年までマチカネワニが生きのびていた可能性が指摘されています。
このようにマチカネワニは世界的に見ても大変貴重な化石標本であり、学問的に一番興味がある点は、マチカネワニはどこから来たのかという進化論的な問題です。マチカネワニの祖先は約5,700万年前のヨーロッパに起源があり、進化を繰り返して、アフリカ、インドや東南アジアを経てこの極東の日本にまで達することになります。その系統樹の詳細、分類学上の位置づけにいまでも謎が残されています。大阪大学総合学術博物館・北海道大学総合博物館では2010年に、大阪大学総合学術博物館叢書No.5『巨大絶滅動物マチカネワニ化石-恐竜時代を生き延びた日本のワニたち』(小林快次・江口太郎著:大阪大学出版会)を出版し、この謎に挑みました。
参考文献
- Kobayashi, Y., Tomida, Y., Kamei, T., and Eguchi, T. 2006. Anatomy of a Japanese tomistomine crocodylian, Toyotamaphimeia machikanensis(Kamei et Matsumoto, 1965), from the middle Pleistocene of Osaka Prefecture: the reassessment of its phylogenetic status within Crocodylia.National Science Museum Monographs, 35:1-121.
- Aoki, R. 1983. A new generic allocation of Tomistoma machikanense, a fossil crocodilian from the Pleistocene of Japan. Copeia, 1983 (1): 89-95.
- 青木良輔, 2001. ワニと龍. 239pp. 平凡社.
- 市原 実(編), 1993. 大阪層群. 340pp. 創元社.
- 小畠信夫・千地万造・池辺展生・石田志朗・亀井節夫・中世古幸次郎・松本英二, 1965. 大阪層群よりワニ化石の発見. 第四紀研究, 4(2), 49-58.
- 樽野博幸, 1999. 岸和田市流木町産ワニ化石. きしわだ自然資料館, 岸和田市流木町産ワニ化石発掘調査報告書, 1-27. きしわだ自然資料館.