竹中 哲也「帝国大学の画家たち 中編」
連載コラム「中村貞夫とその芸術」第15回
帝国大学の画家たち 中編
竹中哲也
「帝国大学」と「画家」に注目している本コラムの後編では、帝国大学、あるいは旧帝国大学出身という経歴をもつ画家には、大阪大学出身の中村貞夫の他にどのような人物がいるかを探ります。具体的には前編で書いた帝国大学の設立、変遷を背景に活動した四人の画家たちに注目します。まずは最初の帝国大学、東京帝国大学を卒業した児島喜久雄の紹介から進めていきます。
児島喜久雄(1887-1950)は1909(明治42)年に東京帝国大学文科大学(現、文学部)、哲学科に入学しました(図1)。美学を専攻し、翌年から印象主義の芸術の紹介にも貢献した雑誌『白樺』の同人となって寄稿し始めます。1913(大正2)年に卒業、大学院に入学して西洋美術を研究し、翌年には新しい美術の確立を標榜した二科会の第一回展に作品が入選しました。のち西洋美術の普及に寄与した『美術新報』の編集に携わっています。1919年からヨーロッパへ留学して美術史研究に従事し、留学中に東北帝国大学助教授となります。九州帝国大学でも西洋美術史を講じ、1935(昭和10)年に東京帝国大学文学部助教授、1941年に教授となって、美術史学講座を担当しました(図2)。著作も多く、レオナルド・ダ・ヴインチの研究に功績を残しています。
水彩、油彩も手がけ、工芸作家であったバーナード・リーチからエッチングを教わり、『白樺』の表紙挿絵も描きました。素描、デッサンも収めた『児島喜久雄画集』が1987年に出版されています。美術史学の研究者として知られる児島ですが、絵画制作も行っており、知と技を合わせもった帝国大学出身の画家と言えるでしょう。
さらに、同校を卒業した画家に髙島野十郎(1890-1975)がいます。児島とは同年代に活動していますが、大学での専攻や画家としてのスタイルは大きく異なりました。まず、名古屋の旧制第八高等学校(名古屋帝国大学の前身校ですが、本稿では大学に焦点を当てます)を卒業後、1912(明治45)年、東京帝国大学農科大学(現、農学部)、水産学科に入学します(図3)。美術史学や美学を専攻していなかったことは、髙島の独自の芸術観の醸成へとつながるようで興味深い点です。
1916(大正5)年に水産学科を首席で卒業しますが、当時、優等卒業生に贈られた恩賜の銀時計を辞退。学生時代から独学を続けていた画家への道を進みます。1924(大正13)年に銀座の資生堂で初個展を開き、のちグループ展にも参加しましたが、画壇とは距離をとり、作品の発表は数年に一度の個展のみとして自らの芸術を深化させていきました。1929(昭和4)年からドイツ、オランダ、フランス、イタリア等を周遊して風景写生に取り組んでいます。髙島の眼を反映する写実により、東京帝国大学の教授の肖像から、自然界の木々や花、山水も描写し(図4)、さらに「月」を描いた《満月》(図5)や「蝋燭」のように、画風を特徴づける闇を見つめるモティーフを描き続けました1) 。
注
1)「東京大学所蔵肖像画・肖像彫刻」目次046、047、048番を参照:http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DPastExh/Publish_db/1998Portrait/03/03100.html 。《満月》、《林辺太陽》は髙島が入院したことから東京大学医科学研究所に寄贈されたというエピソードが伝わっています。次を参照。「東京大学美術作品展 広報誌『淡青』38号より」(上記2作品はcollection 23, 24に該当):https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/z1304_00021.html
挿図出典
1、3 東京大学総合図書館コレクション画像提供
2、『書にみる祈りのこころ“山本發次郎コレクション”―江戸時代の墨蹟を中心に―』日本書芸院、 読売新聞社(編)、2005年
4、5 東京大学医科学研究所画像提供
附記
コラム作成にあたり、数々のご教示とご助力をいただきました。文学の専門的見地から有益な示唆をいただいた鈴木麻純様、貴重な画像、情報をご提供くださった福岡県立美術館、東京大学本部広報課の皆様に、心より感謝申し上げます。
竹中哲也…著作等。『精神と光彩の画家 中村貞夫 ―揺籃期から世界四大文明を超えて― 』橋爪節也、竹中哲也編著(2018年)。「書評 A Narrow Bridge 一本の細い橋――美術でひもとくオランダと日本の交流史」『適塾』No.53(2020年12月)。「明治、大正期における十七世紀オランダ美術の受容――フェルメール、レンブラントを中心に」『大正イマジュリィ』No.16(2021年10月発行予定)など。
次回は、京都と北海道の帝国大学を卒業した須田国太郎と坂本直行をご紹介するコラムを掲載予定です。